何があっても、どんなに離れていても地元は地元。これが私の愛着。

「地元に“愛着”を持っています!」

気に留めたこともなかったこの言葉。そもそも“愛着”ってなんだっけ?今回は、愛着という言葉に違和感を持った大学生が「地元への愛着」について綴った記事になります。

私は大学進学を機に鹿児島から上京。キラキラしていて憧れだった東京。何もない不便な地元から離れられることに少しだけ嬉しさを感じていた2年前。

しかし、そんな感情は束の間。何かが違うと感じたのは、東京での生活に少しだけ慣れ始めた頃でした。新しい環境、新しい生活、新しい人間関係。何も不満はなかったけれど、何かが足りないと感じていました。そんな中、家族や地元の友達との電話で久しぶりに聞く鹿児島の訛り、親戚でも何もない近所のおばちゃんの話、地元にしかないスーパーの名前。

鹿児島にいたときはつまらないと感じていたありきたりな日常が、私にとって居心地が良く大好きだったんだなと初めて気が付きました。

東京に出てきたからこそ気付いた、地元の居心地の良さや魅力。この時が私の地元に対する愛着が芽生えた瞬間だったのかなと思います。そこから将来は地元、鹿児島でアナウンサーになりたい!という夢を持つことができました。

そんな私の考える地元への愛着。それは、実家のような安心感であるということだと思います。皆さんに帰る家があるように、地元っていつ帰ってもどんな時でも、自分らしく生活ができる場所だと思うんです。そしてそれが結果的に、愛着に繋がるのかなと。

もちろん、東京でも自分らしく生活ができています。でもやっぱり、私は鹿児島で長く育ってきたから、ベースは鹿児島にある。だからこそ、もっと自分らしく伸び伸び生活ができるのは地元であるのかもと気づきました。

ここで、ある大学生の愛着の形をご紹介します。下野市出身で東京の大学に通うK君。彼は地域創生に興味があるようで、地域の人がどんな場所やものが好きなのか調べていくうちに「人が行動を起こす時に経済って回るんだ!」と気づき、大学では行動経済学を学んでいるようです。

「下野市は僕にとって癒しの場所なんです。もちろん何もないと思うけど、僕はそれがいいんです。このままの下野市が好きで、将来は下野市に住んで貢献できる仕事に就きたいと考えています」とお話ししてくれました。

下野市には何もないと感じるかもしれないけど、それを全くネガティブに捉えていない彼。0から1を生み出すことができる環境であることに可能性を感じている彼。地方ってつい「何もない=不便」だと思いがち、思われがちですが何もない環境があるんです。これってすごく贅沢な面でもあると感じます。

愛着をもてる場所があること、どんな形であれ自分の大好きな場所に関われる環境があることってとても幸せだと思いませんか?愛着って目に見えないものだから、いざ考えてみるとよくわからないなという方もいらっしゃると思います。私もそうでした。でも逆に、目に見えないからこそ、それぞれの愛着の形が存在すると考えています。地元に愛着なんてないと思っていても、実はあなたなりの愛着の形があるのかもしれません。

地元に対する愛着だけでなく、幼少期にプレゼントしてもらったものに対する愛着、思い出に対する愛着。こんな風に愛着の形はたくさんあります。ちなみにアイキャッチ画像は私が下野市に対する愛着を表したものです。縁もゆかりもなかった下野市ですが、このインターンを通して素敵な方々と時間を過ごせたこと。それによって私は下野市に愛着が湧きました。

あなたなりの愛着が身の回りに沢山存在するかもしれません。この記事が「自分にとって地元への愛着って何だろう」「自分は何に対してどんな愛着を抱いているんだろう」と考えていただくきっかけになれば嬉しいです。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

⿅児島県出⾝、現在東洋⼤学3年⽣。ごく普通で明るさが取り柄の⼥⼦⼤学⽣です。⼤学⼊学を機に上京後、“何もないけど何もないがある”地元が好きだ!と思い、将来は⿅児島県へUターンし、地元のアナウンサーになることを決意。この活動を通して⼈と⼈の繋がり、発信などについて学びます!よろしくお願いします!